PREV| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

1日でも長くは・・・・

今日、来られたお客さんが新聞の切り抜きを持ってきてくれた。
タイトルは、
『愛犬をみとる』
5回のシリーズの小さな連載。
石塚由紀夫さんという人が書いた話で、
16歳3か月で亡くなった愛犬のことが書いてあるんですが、
そこに

”一日でも長く一緒に過ごしたいのは飼い主のエゴで、
犬からすれば苦しい闘病から一日でも早く解放されたかったかもしれない”

と書かれてあった。

私もミーユが元気な時からいつも考えてたことです。
そして、倒れてからずっとこのことについて考えていました。

人間のほうは、想像力があるし死というものを知ってるから、
一日でも長くそばにいてほしいと思うのですね。
だって、死んでしまったらこの世では2度と会えない、たぶん・・・・

でも、体中がだるかったり、体のどこかがとても痛かったり、
苦しかったり、お腹が空くのに食べられなかったり、
歩けなかったり、おしっこしたいのに出せなかったり・・・・・
そんな日は長く続かないでほしいと思うでしょう。

私は、犬は犬らしく死なせてやりたいと常々思っていました。
でも、痛みや苦しさは出来るだけ取り除いてやりたい、とも。

ミーユは手術で脾臓を摘出して、その痛みからは解放されました。
でもたぶん、転移もあっただろうから、痛みからの解放はゼロではなかったと思います。
でも、次に起こりうる大きな出血からの不安はなくなり、
短い間だったけれど、楽に過ごせたと思います。

どんなふうに死を迎えるかは、きっと神のみぞ知る なんだろうけど、
ミーユの場合、ほんとに飲まず食わずだったのは最後の一日だけで、
苦しそうだったのも、最後の最後、一時間あったかなかったか。
いろんなしんどいことが長引かなくてよかったと思っています。
一日でも一時間でも長くそばにいてほしい・・・・ほんとにそう!
でも、そのためにいろいろ手を尽くして、処置をして、
つらい時間が長いのは、犬らしい最期じゃないと思うのです。

ただ、最後の最後に点滴や腹腔穿刺をしに病院へ連れて行ったことだけは後悔しています。
他に悔いがないかと言われれば、そんあことありません、
やっぱり、グダグダ考えることいっぱいです。
もし、ああしていれば、こうしていれば、
今頃まだそばにいてくれてるんじゃないか・・・なんて、時々思います。

たぶん、ミーユのこと思わない日は、まだまだ来ないのでしょうね。

↓昨年3月5日のスリーショット♪
(お腹の毛、剃ってますね。肝臓のエコーを撮ってもらったのですね)

IMG_1857s.jpg

スポンサーサイト

| ワンコ | 23:41 | comments(0) | trackbacks(0) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://labsong.blog48.fc2.com/tb.php/1766-c76fd733

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT